世界への扉 - 田才諒哉のブログ

国際協力の仕事をしています。砂漠とイスラム教の国、スーダンからお届け。

国際協力の持続性について、本気出して考えてみた。

こんにちは!田才諒哉(@ryoryoryoooooya)です。
北アフリカに位置するスーダン共和国にて、NGO職員として活動しています。

 

今日は、国際協力の世界ではどんなプロジェクトを行うときにも考えなければならない「持続性(サステナビリティ)」の話をしたいと思います。

 

先日スーダン保健省にて

先日、新規プロジェクトについて相談をしにスーダン保健省へ訪問した際、こんなことを言われました。

「あなたたちがお金を出し続けてくれれば、プロジェクトはサステナブルなものになる」

正直に、面食らってしまいました。

基本的に国際協力のプロジェクトはハンドオーバーを前提で複数年計画とかで考えていくわけですが、なかなかどの国でもハンドオーバーの重要性を理解してもらうことが難しいです。

特に、いわゆる「援助慣れ」をしている国ではなおさらで、いかにカウンターパートとなる組織と信頼関係を築いていき、プロジェクトを進める中でパートナーのキャパシティービルディングをしていきながら、ハンドオーバーにつなげていくことができるかが重要だと感じています。

 

ただ、ここで僕がふと思ったのは、「お金を出し続けることがダメってなんで思ってるんだろう」ということでした。

もちろん、ただただお金やモノを与えたりしている状態は、少なくとも緊急支援のフェーズではない地域において良くないと思うのですが、一方で、現地の人がしっかりオーナーシップ(自主性)を持った上でプロジェクトを行なっている場合、お金をNGOが供給し続けるということも、一つのサステナブルな方法なんじゃないかと思ったわけです。

 

パートナーとなる組織が現地の住民の方々などをリードしながら、効果的な支援活動を継続していくにあたって、それができないボトルネックが本当に金銭的な部分なのであれば、お金を供給するという面からサポートし続けることは、ダメなのでしょうか?

 

少し話は変わりますが、例えば最近だと、ケニア、インド、ウガンダなどで「ベーシック・インカム」の導入実験を行なっている団体があり、お金を提供することで貧困課題に対して解決の糸口が開けるのではないかとの仮説もあります。

courrier.jp


WFP(世界食糧計画)でも、食糧配布だけでなく、現金・電子マネー・食糧引換券を配布し、受け取った人がそれを使って提携店で食糧を買う、という形での食糧支援も行われています。これにより、現地の商店にもお金が落ちたり、WFPとしても食糧輸送よりも送金の方がコストが大幅に削減できるメリットもあります。

 

これらはいずれも、お金を受け取った側のその後の行動によって、いかようにも使えてしまうものです。しかし、そのお金が効果的に活用されていけば、教育、保健衛生などあらゆる面で良い効果が波及する可能性があります。

 

ハンドオーバーは成功しているのか?

世界の国際協力のプロジェクトをみたときに、現地の組織に完全にハンドオーバーされたプロジェクトが本当に自走する状態になっているのかと言われると、どうでしょうか?

 

具体的なプロジェクトをあげることは避けますが、僕が知る範囲だと上手くいっていないものの方が多いような気がしています。

 

国際協力の持続性とは

国際協力の持続性(サステナビリティ)を考えたときに、果たしてハンドオーバーをして、本当に完全にその地を去ることができるのか?と常に思ってしまいます。

 

そもそもハンドオーバーを前提にする必要があるのか?一方的な支援ではなく、ともに歩み続ける国際協力のかたちであれば、ずっと一緒にプロジェクトを成長させていくことも選択肢としてあるのではないか。

 

いわゆる「開発途上国」との関係を切り離すことなんて、この先さらにグローバル化が進めばできないことを考えると、最終的にすべての国際協力のプロジェクトがハンドオーバーされて途上国主体でまわり続けている、そしてそこにはいわゆる「先進国ドナー」の介入がない、ということは起こり得るのか。

 

もっと飛躍すれば、そもそも国際協力がなくなることはあるのか?

じゃあ覚悟を決めて一生ともに歩むことが国際協力なのか?

と、考えれば考えるほど話はつきません。

 

うーん、むずかしい。