世界への扉|国際協力ブログ

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ユーザーセンタード・デザインと国際協力ー栄養改善プロジェクトを事例に

「ユーザーセンタード・デザイン」という言葉を聞いたことはありますか?

デザインを学んでいる方、最近ではコンサルやIT企業で働く人もよく耳にする言葉かもしれません。

国際協力の世界で耳にすることは、ほぼゼロといっても過言ではないですが、この「ユーザーセンタード・デザイン(User-centered design、以下UCD) 」の考え方を取り入れることで、劇的に援助効果が上がることが期待できます。

 

栄養改善プロジェクトの現場

栄養改善のアプローチに「Community-Level Treatment of Acute Malnutrition」というスキームがあります。簡潔に説明すると、急性栄養失調の患者に対し、コミュニティレベルで対応する支援方法です。

 

これらのプログラムでは、その地域で選出されたコミュニティ・ヘルス・ワーカー(Community health workers、以下CHWs)が、地域の妊産婦さんや5歳未満の子どもたちの栄養状態を定期的に観測し、国際機関などから支給された栄養補助剤(多くの場合、Ready-to-use therapeutic foods、以下RUTF)を配ります。

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© Ryoya TASAI/2017

既存のプログラムでは、Weight-for-height z-scoreを使用することによって子どもの栄養状態をチェックすることが多いと思います。Z-scoreを使うと、身長と体重を測定し、その数値をプロットするだけで、子どもが健全に成長しているかどうかを一目で把握することができます。

 

政策と現場の乖離

しかし、ここに盲点があります。

このZ-score、現場レベルではなかなか使い物になっていないことが経験上多くあります。

理由は大きく2つです。

(1)CHWsが正確に数字をプロットできない。
(2)誕生日が分からない子どもが多い。

 

(1)CHWsが正確に数字をプロットできない。

Z-scoreはいたってシンプルで、身長と体重を測定し、その数値をグラフ上にプロットするだけです。ただ、このプロットを正確にするという作業、想像以上にできない人が多いのです。

CHWsは多くの場合、そのコミュニティの中から選出されます。妊産婦を対象にすることも多いので、多くの場合は女性が選ばれます。CHWsに選ばれた人は、国際機関やNGOによるトレーニングを受けるのですが、もともと教育水準の低い人がCHWsに選ばれることもあるため、この「数字を読み取り、グラフ上に正確にプロットする」という作業がなかなかできない人がいるのです。

 

(2)誕生日が分からない子どもが多い。

上で説明した通り、Z-scoreは正確にプロットを打つことも大事なのですが、それ以前に、そもそも生後何ヶ月かが分からないと役に立ちません。生後12ヶ月の子どもであるにも関わらず、生後6ヶ月の指標を使っては意味がないのです。

しかし実際の現場では、ウソでしょと思うかもしれませんが、親が子どもの誕生日を把握していないケースがあります。特に合計特殊出生率の高いエリアでは、子どもを連続して産んだりすることも多いので、ますます誕生日の正確な把握が難しくなるのです。

 

UCDの考え方を現場に応用

これまで述べたような課題のあったCommunity-Level Treatment of Acute Malnutritionですが、南スーダンにおいてUCDの考え方が応用され、その結果も出たことが報告されました。

▼詳細はこちら

このプログラムで実施したことは大きく2つです。

(1)Z-scoreではなく、MUACのみを使用し、受益者の栄養状態を計測する。
(2)MUACによってModerate acute malnutrition(MAM)の結果が出ても、体重を基準にして、Severe acute malnutrition(SAM)と同様の支援(RUTFを配布)をする。

(2)の話はUCDの話から逸れるので今回は割愛しますが、(1)はまさに国際協力の現場にUCDを応用したケースだと思います。

MUAC(Mid-upper arm circumference)は、二の腕の中央部外周を測定することで簡易的に栄養状態を知ることができるツールです。

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© UNICEF Ethiopia/2016/Mulugeta Ayene

MUACには、緑、黄、赤のように色がついていて、

緑=健全な状態

黄=中度の急性栄養失調(Moderate acute malnutrition、以下MAM)

赤=重度の急性栄養失調(Severe acute malnutrition、以下SAM)

のように、色を見ただけで視覚的に栄養状態を把握することができます。

先ほど述べたように、CHWsの中には教育水準の低い方もいることがあるので、身長と体重を測定し、プロットを正確に打つ作業が必要なZ-scoreよりも、簡単に栄養状態を知ることができます。

またMUACはおおよその年齢が分かれば使用することができるので、Z-scoreと異なり、誕生日の正確な把握が必要となりません。

 

デザインの力を、もっと国際協力に活かす

国際協力のプロジェクトが失敗する大きな理由の一つに、「現場で誰がそのツールを使用するのかをイメージしきれていない」ことがあると思います。

いくら理論上、紙面上では問題のないようなプロジェクトデザインに見えても、そのプロジェクトを実際に実施する人のキャパシティによって、成果は大きく左右されます。

 

「キャパシティ・ビルディング(能力開発)」というワードはよく聞きますし、もちろん重要なことなのですが、と同時に、使う人のキャパシティに合わせた「デザイン」を設計していくこと、すなわち「ユーザーセンタード・デザイン」も、これからの国際協力のプロジェクトでは必要になってくると考えます。

今回のMUACの事例のように、少しのデザインの変化で、大きくプロジェクトの効果が期待できる可能性があります。援助の資金不足が嘆かれる昨今において、UCDは「援助の費用対効果の向上」も期待できるのです。